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熊本地方裁判所 昭和28年(行)6号 判決

原告 井田与次郎

被告 熊本国税局長

主文

原告の訴のうち別府税務署長が原告に対し為した昭和二十四年分所得税の訂正処分の取消を求める部分を却下する。

右部分を除く原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年七月十六日附原告の昭和二十三年分所得税に関し為した審査決定の全部並びに同二十四年分所得税に関し為した審査決定中原処分を取消した部分を除く部分及びこれに基き別府税務署長が同月三十一日附為した昭和二十三年分所得税に関する更正、同二十四年分所得税に関する訂正の各処分は何れも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めその請求の原因として「原告は古美術品販売を業とする者であるが、昭和二十五年九月二十六日別府税務署長はさきに原告より不服申立中であつた昭和二十三年分所得税につき所得金額を百七十六万七千百六十八円として再更正処分を為すと共に原告が確定申告書を提出しなかつた同二十四年分所得税に関しても所得金額を四十一万三千二十二円として決定処分を為し原告にその旨通知して来たので、原告は同年十月二十六日同税務署長を通じて被告に審査請求を為したところ、被告は同二十七年七月十六日昭和二十三年分所得税に関しては審査請求を棄却する旨、昭和二十四年分所得税に関しては原処分の一部を取消し課税総所得金額を三十七万七千六百十円とする、なお取消の対象となつた所得は昭和二十三年分の所得に帰属すべき性質のものでありその所得金額は五万千五百二十三円と認定すべきである旨夫々審査決定を為すと共に別府税務署長をして同月三十一日附右認定の通り昭和二十三年分の所得を百八十一万八千六百九十一円として再々更正処分を、昭和二十四年分の所得を三十七万七千六百円として訂正処分を各為さしめた上即日これを原告に通知し来つた。しかしながら原告の昭和二十三年分の所得は料理店業所得が二十八万五千円、古美術品販売業所得が二十八万円、株式譲渡所得が一万円合計五十七万五千円であつて右のうち株式譲渡所得の一万円の計算の根拠は次のとおりである。即ち原告は昭和二十二年十一月末頃当時別府証券商事株式会社支配人訴外亡池真一の勧めにより同会社から帝人旧株三千株を一株二百二円代金合計六十万六千円で買入れたが同二十三年二月中旬頃右株式は一株について五十円の値上りを示したので折柄原告の経営する井田セメント工業株式会社に融資する必要もあつてこれを処分することとし池支配人に依頼して白紙委任状添附の上右三千株全部を代金七十五万六千円で売却し手数料二万円を同人に支払い結局十三万円の純益を得ている。しかし同年七月頃原告は池支配人に依頼して別府証券商事株式会社より東洋紡株二千株を買入れ手附金十二万円を支払つたところ其の後間もなく同株式は一株につき八十五円の値下りを示したので止むを得ず其の頃右手附金を抛棄してこれを売戻した結果同金額の損失を蒙つたから昭和二十三年中の株式取引によつて原告は右損益を通算して金一万円の利益を得ていることになる。次に昭和二十四年分の原告の所得は古美術品販売業所得のみの三十一万五千円に過ぎないから各年度につきこれを超える所得を認定して為した前記被告の審査決定並びにこれに基く別府税務署長の更正及び訂正処分は違法であるのでその取消を求めるため本訴請求に及んだ。」旨陳述し、被告の本案前の抗弁に対し「本件において取消を求める別府税務署長の処分は被告の為した審査決定の内容を単にその下級行政官庁として自己名義を以て伝達したものに過ぎず本件審査決定と合して一体をなすものとして実質は被告の処分に外ならないからその取消の訴を審査決定取消の訴と独立した別個独立の訴なりとして被告主張のような出訴期間の制限に服せしむべき理由がないばかりでなく、右の理由により当然右訴についても熊本国税局長は被告として訴えらるべき適格を有するものと謂うべきであるから被告の主張はその理由がないと答え、本案の答弁に対し原告は前叙の如く東洋紡株二千株の取引に失敗した以後は全く株式の取引から手を引いて居るのであつて原告の主張する以外に若し被告主張のような帝人新株の引受その他の株式の取引が原告名義を以て為されているとすればそれは当時原告がその印章を預けていた池真一においてこれを冒用して擅に原告名義を使用して為したものに過ぎず何ら原告の関知しないところである。原告は昭和二十三年二月中帝人旧株三千株を売却して得た手取金七十三万六千円は当時前記井田セメント工業株式会社に対し事業資金として二十五万四百四十九円を貸付け其の後これに四万九千五百五十一円を追加支払つて同会社の増資三十万円の株金払込に充当した外いずれも其の頃訴外財前実に対する土地建物等の購入代金の内金二十二万五千円の支払に充て訴外藤井一郎に対し金二十万円を貸付け残金一万一千円を生活費に費消したもので右の通りその使途も明かになつているのであるから原告が被告主張のような帝人株の取引に関与している筈のないことは明白である。」と述べ、立証として甲第一乃至第四号証を提出し証人内山幸七(一、二回)同本田士、同森迫巖、同池真澄の各証言並びに原告本人の訊問の結果を援用し、乙号各証の成立(写を以て提出された分については原本の存在並びにその成立)はこれを認めるが、前記井田セメント工業株式会社の大分合同銀行流川支店の預金調書である乙第十二号証中に昭和二十三年十月二十八日金五十九万円同年十一月一日金三十万千円及び金六十万二千円の二口、同年十二月二日金三万円、金一万円及び金百万円の三口の各預入の記載が存するのは何れも同日池真一から返済を受けた貸金の元利金を預入れたものであつて、右十月二十八日及び十一月一日預入の合計百四十九万三千円は同年九月下旬池に貸与した金百十万円に対する元利金の弁済分であり十二月二日預入れた合計百四万円は同年十一月四日頃貸与した金百万円の元利金として弁済を受けた約百七万円の一部に外ならず被告の主張するように原告が帝人新株を売却して得た売得金を預けたものではないと述べた。

被告指定代理人は本案前の抗弁として本訴中別府税務署長の更正並に訂正の各処分の取消を求める部分はこれを却下する旨の判決を求め、その理由として原告は昭和二十八年十二月二十二日の本件口頭弁論期日に新たに右訴を追加提起したのであるが、右税務署長の処分は本件審査決定に基き為されたものではあるが観念上はこれと別箇独立の処分であるからその取消を求むるには審査決定の日である昭和二十七年七月十六日から三箇月内に訴を提起することを要するにも拘らず明かに右期間を徒過した違法があり、仮に然らずとしても処分行政庁として別府税務署長を被告とすべきものであるから当事者を誤つた点においても不適法たることを免れないと述べ、本案につき原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として「原告がその主張のような事業を営む者であること、被告及び別府税務署長が夫々原告主張の経過によりその主張のような処分を為しこれを原告に通知したこと、原告の昭和二十三年分所得中料理店業並びに古美術品販売業による所得及び同二十四年分所得中古美術品販売業による所得が夫々原告主張の通りであることはこれを認めるが、外に原告は昭和二十二年十一月二十八日に帝人旧株千株、翌二十九日に同旧株二千株を諸経費を加へた代金合計六十二万千九百二円を以て買入れ、同二十三年十月十四日増資により帝人第二新株九千株の割当を受け払込株金四十五万円及び経費二百九十五円を支出してこれを取得し更に同二十四年八月三日鐘紡旧株五百株を代金十一万五千五百円で買入れ昭和二十三、四年中に別紙明細表(一)、(二)記載の通りこれを全部売却しているのであつて、両年度の原告の株式譲渡所得は昭和二十三年度分が売得金総額三百四十五万五千二百円からこれに対する経費として同年中に原告が売渡した帝人旧株二千四百株の取得費用として前記三千株の代金を右二千四百株に応じ按分計算した金四十九万七千五百二十二円及び前記第二新株九千株の取得費用四十五万二百九十五円の合計九十四万七千八百十七円を控除し、これに十分の五を乗じて得た金百二十五万三千六百九十一円であり、昭和二十四年度分が売得金総額三十六万五千百円より前同様の計算による帝人旧株六百株の取得費用十二万四千三百八十円及び鐘紡旧株五百株の取得費用十一万五千五百円の合計額二十三万九千八百八十円を控除し、これに十分の五を乗じて得た金六万二千六百十円であるから、これに前記原告主張の料理店業所得並びに古美術品販売業所得とを合算して昭和二十三年分の課税総所得金額を百八十一万八千六百九十一円、昭和二十四年分の同金額を三十七万七千六百十円と認定した被告の審査決定が正当であることは明かで同決定並びにこれに基く別府税務署長の各処分の各取消を求める原告の本訴請求は失当である。」と述べた。(立証省略)

理由

昭和二十五年九月二十六日別府税務署長が、予て原告より不服申立中であつた昭和二十三年度所得税につき所得金額を百七十六万七千百六十八円として再更正処分を為すと共に原告が確定申告書を提出しなかつた同二十四年分所得税についても所得額を四十一万三千二十二円として決定処分を為したこと、之に対し適法な期間内に提出された原告の審査請求につき被告が昭和二十七年七月十六日附昭和二十三年分所得税に関する審査請求を棄却する旨及び昭和二十四年分所得税に関する原処分は一部之を取消し、課税総所得金額を三十七万七千六百十円とする、尚取消の対象となつた所得は昭和二十三年分の所得に帰属すべき性質のものであり其の金額は五万千五百二十三円と認定すべきである旨の審査決定を為したこと、及び別府税務署長が同決定に従い昭和二十七年七月三十一日附昭和二十三年分所得金額を百八十一万八千六百九十一円として再々更正処分を為すと共に昭和二十四年分所得金額を三十七万七千六百円として所謂訂正通知を為したことは当事者間に争がない。而て之等の処分を不服として原告が右両年度の所得税に関する被告の審査決定(但し二十四年分は原処分を一部取消した分を除く)並に別府税務署長の右再々更正処分並に訂正通知の取消を求める訴を適法な期間内である昭和二十七年十月二十三日に提起し、ついで同二十八年十一月十二日の準備手続期日に右訴のうち別府税務署長の処分の取消を求める部分を取下げ更に同年十二月二十二日の当庁第一回口頭弁論期日に於て先に取下げたものと同一の訴を追加提起したことは記録に徴し明かである。

被告は本訴中別府税務署長の処分の取消を求める部分に対する本案前の抗弁として右訴は昭和二十八年十二月二十二日の口頭弁論期日に於て新に追加せられたものであるが、被告の為した審査決定の日即ち昭和二十七年七月十六日より三ケ月の出訴期間を徒過して提起された不適法のものであり、仮に然らずとするも当事者を誤つた違法があつて却下を免かれないと主張するので先づ之の点につき検討する。

抑々国税局長が納税義務者の請求に基き税務署長の更正決定を審査した結果、税務署長の為した原処分に比し更に不利益な決定を為すを相当と認める場合に於ても審査の請求を棄却するに止めることは勿論でこの場合原処分より不利益な所得額を決定するためには改めて税務署長の再更正決定を必要とする。而て税務署長が審査決定の内容に従つて為した右再更正は当初為された更正を其のまゝとしてそれに脱漏した部分だけを追加するものではなく、審査によつて判明した結果に基き改めて課税額を決定するものであるから、これにより当初の更正処分は当然消滅したものと解すべきである。

これと反対に審査の決定により原処分の一部を取消した場合は改めて税務署長の処分を俟つ迄もなくこれにより当然課税標準となる所得額は其の限度に於て減少するものと解せられるから税務署長は納税義務者に対し単に其の旨の訂正通知を為すべきものであつて、この場合右訂正処分は納税義務者に対し改めて不利益を与へるものでないばかりか其の実質は原処分の一部取消に外ならず、原処分と一体を為して当初から訂正された内容の処分があつたと同様の効果を生ずるものであるから右訂正処分は独立して訴訟の対象となるに適しないと解するを相当とする。

従つて本件訴の内、別府税務署長が原告に対し為した昭和二十四年分の所得税の訂正処分の取消を求める部分は正に右後段に説明した場合に合致するものであつて右訂正処分は先に同署長が為した課税処分と一体を為すものとして当初から右訂正された内容の処分があつたことになるので、右課税処分を支持した限度に於て被告の審査決定を争えば足りるものであるから右訂正処分の取消を求めるため新な訴を提起するの必要なく之の部分の訴は不適法として却下すべきものとする。

次に本件訴の内、別府税務署長が原告に対し為した昭和二十三年分所得税の再々更正決定は右前段に説明したところに該当しこれにより先に同署長の為した再更正決定は其の効力を失つたことになるので原告は同年分の所得税の賦課処分を争うためには右再々更正決定の取消を求めれば足りるところ、訴訟遂行の方途を誤り先に準備手続に於てこの部分の訴を取下げ更に第一回口頭弁論期日に於て同一内容の訴を追加提起したのであるが、右追加提起のときは既に右処分の通知があつた昭和二十七年七月三十一日より出訴期間の六箇月(右出訴期間に関し被告は被告の為した審査決定の日即ち昭和二十七年七月十六日より三箇月と主張しておるが、右は所得税法第五十一条第二項前段を誤解しておるのであつて同条に所謂審査請求の目的となる処分とは当然審査決定以前に為された処分の謂であつて本件の如く審査決定以後に為された税務署長の処分は之に該当せず、本件の如き場合は同条第一項に所謂正当な事由ある場合に該当するものと認め右税務署長の処分に対しては再調査又は審査の段階を経ずに直ちに出訴できる。従つて之が出訴期間については特段の定めのないことに帰し行政事件訴訟特例法の原則により処分を知つた日から六箇月と解する)を経過しておることになり一応不適法と認められないでもないが原告が同年分の所得税賦課処分を争うため本件訴を提起した時は期間遵守の点に於て欠けるところはなかつたものであり、然も被告が為した審査決定の取消を求める訴訟は始終取下げられることなく繋属しているのであるから如何なる意味に於てもこれと別個に同一年度の所得税に関する税務署長の処分が争い得ないものとして確定すると言うことは却て条理に反するので審査決定取消の訴訟に於て請求を追加し同一事由に基いて税務署長の処分の取消をも併せ求める本件の如き場合は事の性質上出訴期間の制限を受けることなく且つ其の相手方としては税務署長の上級官庁として、其の処分の取消変更の権限を有する国税局長も被告適格を有するものと解するのが相当であるから右訴の部分については被告主張の如き違法の点は存しないものと謂うべきである。

仍て以下本案につき判断する。

原告の昭和二十三年同二十四年の所得中昭和二十三年中の料理店業所得二十八万五千円、古美術品販売業所得二十八万円及び同二十四年中の古美術品販売業所得三十一万五千円については当事者間に争がなく本件の争点は被告が右以外に認定した株式譲渡所得二十三年分の百二十五万三千六百九十一円、二十四年分の六万二千六百十円について存し、原告は昭和二十三年中の株式譲渡所得は一万円に過ぎず昭和二十四年中には皆無であると主張するのであるが、右の如き主張の差異は主として原告が昭和二十二年十一月末頃一株につき二百二円の割合で買入れたことについて当事者間に争のない帝人旧株三千株により原告が同二十三、四年中に如何なる収益を挙げたかの争に基くものであるから先づ此の点につき検討を加へる。

原告は右帝人旧株三千株は昭和二十三年二月中旬一株につき五十円値上りしたのを機会に別府証券商事株式会社支配人池真一に依頼し全株一時に代金合計七十五万六千円で売却したと主張するのであるが成立に争のない乙第十一号証の一によれば右旧株三千株については昭和二十三年一月十四日以降同年四月八日迄の間数回に亘つて原告名義に名義書換の為されたこと、同号証並に成立に争のない乙第三号証、同第四号証の一、二によれば其の後右三千株につき原告を同年九月一日現在の株主として一株につき三株の割合による増資新株の割当が為され、これについては原告名義を以て同年十月十四日株金全額の払込があり、同月二十日原告名義の帝人第二新株九千株が発行されていることが認められる、原告は右新株の発行は原告が池真一に依頼して旧株を処分した後のことであつて原告の全く関知しないところで右原告名義の新株の真実の所有者は原告ではなく恐らくは池真一が原告名義により之を取得したものであらうと主張するのであるが、右主張に副ふ証人内山幸七の証言(一回)並に原告本人の供述部分は之が裏附けとなる何等の書証もなく軽々に信用することはできず、却て同証人の証言や原告本人の供述の全体を綜合すれば原告が帝人旧株三千株を買入れたのは一時的価格変動による差益のみの取得を目的としたものではなく将来其の価格の増大してゆく資産の一部として相当期間之を保持する意図の下に買入れたものであること、さればこそ旧株三千株については原告自身の意思に基き其の名義書換へが為されていることが認められるので右事実と全く相反する前記旧株取得後僅か三箇月にして其の全株を手放したとの原告の主張は真実性に乏しく、殊に若し原告の右主張が真実なりとせば前記乙第十一号証の一との対比上、右旧株を手放したと主張する昭和二十三年二月当時其の内六十株については未だ原告名義に書換へができていなかつたことになるから、この六十株の名義書換も何人かが原告名義を冒用して為したと言ふことに帰し之の点、原告本人の「帝人旧株は買入直後原告名義に書換へて置いた」との供述と全く矛盾することになり、かたがた右旧株の手放しの時期に関する原告の主張は採用の限りでなく結局帝人新株九千株は被告主張の頃原告に対し割当てられたもので原告自ら株金を払込み株券を取得したものと認定せざるを得ない。

次に右帝人旧株三千株並に同新株九千株の売却時期並に其の代金等に付ては原告は前述の如く昭和二十三年二月中旬に旧株三千株を一時に売却して十三万円の利益を得たと主張するのみであるから専ら被告提出の証拠により被告の主張事実に合理的根拠が有るか否かを追及してみるに成立に争のない乙第五号証、同第六号証の一、二同第七乃至十号証、同第十一号証の一、二、同第十二号証に証人西村行夫(一、二回)同中村昇の各証言を綜合すれば右旧株三千株並に新株九千株は夫々別紙明細表(一、二)記載のとおり昭和二十三年九月二十四日から翌二十四年三月二日迄の間別府証券商事株式会社並に大分証券株式会社に対し十数回に分けて順次売却せられておる事実を認定することができる、(この内昭和二十四年中の処分に係る帝人旧株六百株については乙第九、十号証の記載のとおり之が売却の時期及び一株の売却値段につき其が幾許であつたかを確実に認定し得る資料は無いが、同第五号証により認め得る別府証券商事株式会社の株式取引の事例即ち同会社に於ては概ね顧客より株式を買入れると、その即日一株当り二円乃至四円程度の利鞘を以て他に転売していることとを綜合して原告が同会社に売渡した日を同会社による転売の日と認め、且つ原告が同会社に売渡した一株の金額を同会社の転売した金額より三円低く計算した別紙明細表(二)の認定は是認し得るし尚同表中三月一日売却の百株につき一株の単価を四百六十円と計算しておるのは乙第十号証中四行目の記載に徴し四百六十七円となるべきであるが之の点は寧ろ原告に有利な計算であるので問題とはならない)尤も前記乙第五号証、同第六号証の一等の記載に徴する時は前記認定に係る株式売渡の名義人が田中伝又は井上吉蔵となつている箇所も存するが右が何れも原告本人を指称するものであることは、右各証拠の他の記載部分其の他前顕各証拠と対比して十分窺知できる。殊に右新株九千株の売却については右売却の日又は其の前後に代金額と正確に一致する別府証券商事株式会社の小切手や現金、又は正確には一致しないが其の売却代金の一部とも目し得る金員が当時原告が原告個人の預金通帳と兼用にしていた原告の経営する井田セメント工業株式会社の大分合同銀行流川支店預金口座に預金せられていることも前記乙第十二号証等により認め得るのであつて右の事実はそれだけでも一応前記帝人新株九千株は昭和二十三年中に於て被告主張のとおり原告に於て之を売却処分しているものとの推定を生ぜしめるに足る資料と謂うべきであるから反対の証拠により積極的にこれと相容れない事実が認められない限り原告は以上認められた株式譲渡による収益のすべてを取得したものとの認定を受くることを避け得ないものと謂わなければならない。

これに対し原告は前述の如く右帝人旧株三千株は増資による新株割当以前である昭和二十三年二月中既に別府証券商事株式会社の支配人であつた訴外池真一に依頼し代金合計七十五万六千円で売渡し、それ以後帝人株の取引には全く関与して居らず、従つて被告主張のような新株の引受や新旧株の処分が其の後に原告名義を以て為されているとすれば原告の印章を預つていた池が原告の氏名を冒用して為したものに外ならないし井田セメント工業株式会社の預金口座に振込まれた帝人新株の売却代金と略々符合する預金は当時池から貸金の返済を受け、これを預入れたものに過ぎない旨並に帝人旧株三千株の売却代金と主張する七十五万六千円の使途につき縷々説明しておるので按ずるに、原告本人の供述により真正の成立を認め得る甲第一、二、三号証によれば昭和二十三年二月末頃原告が前記井田セメント工業株式会社その他に合計五十万円の融資を為した外その前後頃さきに他から買受けた土地建物等の代金の支払を為していることが認められるので当時原告に相当金額の収入のあつたこと並に成立に争のない甲第四号証に証人西村行夫(二回)の証言を綜合すれば同月二十三、四日頃の帝人旧株は一株当り二百五十二円位の値段であつたことが認められないでもないが之等の事実からは逆に原告が金銭の使途を明確に立証し得る昭和二十三年二月下旬頃の時期を捉え当時の株価を調査した上、其の頃売却したものの如く主張するものであるともとれるし、且つ甲第四号証の如きも熊本国税局協議官西村行夫が原告の弁明が真実であればとの前提の下に作成したものであることが窺はれるので原告提出のかゝる反証によつては到底前記認定を覆すことはできないばかりでなく、前記乙第十二号証預金調書に記入してある金額が訴外池真一より返還を受けた貸金の元利金に該当すると謂ふ弁疏並に本件に於て原告の自認する以外の株式の売買は挙げて同訴外人が原告の印章を冒用して為したものに外ならないとの抗弁に至つては前顕内山証人の証言並に原告本人の供述の外之を認めるに足る証拠なく同証言並に供述中右主張に符合する部分は前記認定に供した他の証拠と対比し到底信用することができないので訴外池真一が原告主張の如く原告の印章を所持していたとすれば結局池により現実に使用せられたところが、とりもなほさず原告により許容せられた用途であつたと見るの外はないので原告の印章が冒用せられたとの主張は認めるに由がない。

次に原告は昭和二十三年中には右帝人株の取引の外東洋紡株二千株を取引して十二万円の損失を蒙つている旨主張するが此の点に間しても前記内山証人(一回)と原告本人が右主張に副ふ供述をしておるだけで何等の裏附け証拠の無い斯る証言や供述のみにより株式取引による損失を認定し得ないことは当然と謂はなければならないので之の点に関する原告の主張も排斥を免かれない。

果して然らば昭和二十三、四年中における帝人旧株及び同新株に関する原告の株式取引関係は結局被告主張のとおりであると認むべく、同二十四年中に於ては被告は以上認定の帝人旧株の取引の外原告の主張しない鐘紡旧株五百株の取引による損失一万八千円を認定しているのであつて之によつて右両年度の課税の対象となる原告の株式譲渡所得全額を計算すれば夫々被告主張とおりの金額となることが明かであり、これと前記争のない所得部分とを合算して昭和二十三、四年度の総所得金額を夫々百八十一万八千六百九十一円、三十七万七千六百円と認定した被告の審査決定並にこれに基く別府税務署長の更正処分には何等原告主張のように所得を過大に認定した違法の点の存しないことが明かである。

従つて本件訴のうち冒頭に説明した不適法な部分を除く原告の本訴請求を失当として棄却し右不適法の部分を却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 下門祥人 蓑田速夫)

(別紙省略)

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